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JNRSメールニュース 第6号 (2016/03/29)

目次

(6−01)
MuSICで、μ-X線による隕石の元素分析に初めて成功
(6−02)
コンプトンカメラによる福島放射能汚染可視化の話題
(6−03)
第17回「環境放射能」研究会、開催される
(6−04)
2011.3.11東日本大震災から5年を機とした関連論文のインターネット無料公開
(6−05)
「2015年度量子ビームサイエンスフェスタ」で本会・会員が基調講演
(6−06)
第17回メスバウアー分光研究会シンポジウム
 
 
 
 

 

 

(6-01) MuSICで、μ-X線による隕石の元素分析に初めて成功

放射化学会メールニュース2号(2-02)に、「大阪大学・核物理研究センター、世界最大強度のDCミュオンビームラインから表面ミュオンの取り出しに成功」という記事を掲載した。
2015年6月29日夜、大阪大学・核物理研究センター(RCNP)がMuSIC (MUon Science Innovative muon beam Channel)を建設し、表面ミュオン取り出しに成功した、というものであった。
本ニュースは、その続報である【1】。
負ミュオンを使った実験装置(Ge検出器とトリガーカウンターから構成されるミュオニックX線測定装置)は、大阪大学の二宮和彦氏(本学会・会員)らの貢献により稼働できるようになった。その装置を使って、MuSICとしては初の公式ユーザー共同利用実験がおこなわれた。大阪大学・寺田健太郎教授が代表者である「Development on non-destructive elemental analysis of planetary materials by using high intensity μ-beam」という課題であり、2015年11月11日に初めて隕石中の炭素の検出に成功した。
MuSICでの実験に関心のあるときは、担当者・佐藤朗氏(大阪大学)に連絡をとっていただきたいとのことである(佐藤氏のメールアドレス;sato@phys.sci.osaka-u.ac.jp)。
【1】 佐藤朗;「めそん」(日本中間子科学会誌)2016年春号No.43、p.62
(YS)

(6-02)コンプトンカメラによる福島放射能汚染可視化の話題(そのⅡ:Compton cameras are go)

2016年2月17日17時45分、晴天の種子島宇宙-センターからH-ⅡAロケットの打ち上げに成功し、約14分15秒後に、搭載されたASTRO-Hが正常に分離され、X線天文衛星「ひとみ」と命名された。
日本のX線観測衛星としては6番目であり、「すざく」の後継機となる。
「ひとみ」には6種類のX線(ガンマ線)検出器が搭載されており*1) 、この中に80keVまでのX線を対象としたHXI(硬X線撮像検出器)と、60-600keVを対象としたSGD(軟ガンマ線検出器)の二種類の狭視野コンプトンカメラが使われており、それらはSiの散乱体及び、CdTe(テルル化カドミウム)の検出器を多層化しBGO(ビスマスジャーマネート)シンチレータによるアクティブシールドで宇宙線などによるバックグラウンドを低減させた構造となっている*2) 。
コンプトンカメラは、入射ガンマ(X)線が散乱体でコンプトン散乱を起こし、その際に散乱体に与えたエネルギーと散乱後のガンマ(X)線のエネルギー及び、散乱位置とガンマ(X)線の散乱方向とから初めの入射方向を求め二次元画像化するもので、従来のガンマカメラのようなコリメータを必要としない。従って、軽量小型とすることが容易で宇宙船搭載やハンドヘルドの二次元放射線測定器に最適であると考えられる。
その検出器には光子阻止能力の点から高原子番号、高密度のCdTe半導体検出器が最適とされているが、CdTeでは正孔の移動度が小さいためバイアス電圧とリーク電流との兼ね合いなどから、素子の大きさに限りがあり、特に高エネルギーガンマ線に対しては要求性能を満たす物が得られなかった。そのため、CdTe半導体素子を多層化したり、ストリップ状にすることにより高エネルギーでのエネルギー分解能、位置分解能共に実用範囲としたものが開発され、前述の「ひとみ」にも搭載されている。
また、検出器素子をCdZnTeとし、大きな体積として散乱体を用いずにコンプトンカメラを実現し、大変優れた結果を得ている*3)。
このような放射線の飛来方向の二次元分布を可視化するのに極めて優れているコンプトンカメラは、一方では放射能汚染の核種毎の分布を知るのに最適な方法でもある。例えば、放射線施設や病院などの汚染状況、加速器の周囲の空間線量分布などを観測することも可能となる。欧米では既にコンプトンカメラにより多くの原子力発電所の点検時等の汚染の可視化が行われている。
福島原子力発電所事故に伴う、広範囲な放射能汚染に対し、除染の効果を確かめるためにも汚染分布の可視化装置が望まれている。これまでも無人ヘリコプターや航空機に検出器を搭載し、碁盤の目状に線量を測定して分布図を作成したり、路線バスに検出器を乗せて、同じ場所・同じ時刻の線量を継続的に監視する方法などが試行されているが、実際の除染現場では旗竿に複数の高さにGM計数管を取り付けて持ち歩き、GPS装置と連動させて除染前後の線量分布を記録するのが主流となっている*4)。
このような現場にコリメータ式も含めたガンマカメラを持ち込み、実証試験を実施しており、特にコンプトンカメラの優れた特性によりホットスポットの画像化に成功している*5)。
しかしながら、コンプトンカメラは入射方向とエネルギーを観測するものであるため、汚染位置での線量率は計測することが出来ず、また、コンプトンカメラ側から見て同方向から来る同エネルギーのガンマ(X)線については識別ができない、などの克服すべき点も有るが、線量率測定については、距離計と連動させることにより検出器位置での線量率から計算させ、また装置が小型・軽量であるため、ポールや梯子の先に取り付けて上部から俯瞰する方法や、かなり簡易な飛行体に搭載する、等が可能で有るため、二次元分布を問題無く測定することが出来るようになると考えられる。
一方で事故後の発電所内部の核種・線量率の可視化も急務であり、コンプトンカメラの優れた特性が期待されるところであるが、原理的に高線量率対応は極めて難しく、その場合にはコリメータや遮蔽が必要となるが、これでは小型・軽量のメリットが無くなってしまう等、コンプトンカメラには未だ未だ開発すべき点が多く残されている状況である。
参考:
1) JAXA web :http://astro-h.isas.jaxa.jp/en/
2) JAXA文献 :http://astro-h.isas.jaxa.jp/researchers/SPIE2010/spie2010-hxi.pdf
3) H3D web :http://www.h3dgamma.com/polarishspecs.pdf
http://www.h3dgamma.com/applications.html
4) 三和製作所 :http://e-energy.co.jp/gammarod
http://sanwaseisakuzyo.shop-pro.jp/?pid=95217213
5) 「超広角コンプトンカメラ」による福島での実証試験:Takeda,S., Watanabe,S., Takahashi,T.,Isotope News 702(Oct 2012)
(YW)

(6-03) 第17回「環境放射能」研究会、開催される

2016年3月8日~10日の三日間にわたり、高エネルギー加速器研究機構にて環境放射能研究会が開催された。本研究会は高エネルギー加速器研究機構放射線科学センターと日本放射化学会α放射体・環境放射能分科会が主催するもので、日本原子力学会保健物理・環境科学部会、日本放射線影響学会、日本放射線安全管理学会の共催として開催され、第17回目となった今回の研究会には約180名が参加された。今回の研究会のテーマには、「自然環境放射能」、「放射線・原子力施設環境放射能」のふたつの固定テーマに加え、第13回からの継続的なテーマとして「東京電力福島第一原子力発電所事故」が掲げられており、口頭で19件、ポスターで45件の研究成果についての発表が行われた。口頭およびポスター発表では、東京電力福島第一原子力発電所事故に関する研究発表がほとんどで、事故後5年が経過したが、まだまだ追求しなければならないテーマの多さがうかがえた。
また、事故後3回ほどは測定結果の紹介や新たな分析法や測定法の提案などが多く見受けられ、事故によってどのような環境汚染が生じたのかを明確にすることに注力されていたように思うが、前回から今回の研究会にかけ、得られた観測結果をもとにした事故発生から放射能汚染が広がるまでの経過の推測や今後の予測といった、一歩進んだ研究報告が目立つようになってきた。本研究会の世話人会でもこのような動向を踏まえ、事故発生からの5回の本研究会での発表を振り返り、どのような分野でどのような研究の進展があり、何がわかり、何がまだわかっていないのかをまとめようという活動について総合討論の場で提案がなされた。
また、今回の研究会では上記の発表に加えて特別講演と依頼講演として、それぞれ2件ずつの講演があった。特別講演としては、今年度で定年を迎えられた京都大学原子炉実験所の今中哲二先生と九州大学の百島則幸先生のご講演をいただいた。今中先生には「広島に生まれて65年、原爆放射線量問題に関わって35年」という演題で、原爆調査に関する歴史をひもときながら、先生が関わってこられた原爆放射線量に関する研究についてわかりやすく紹介していただいた。百島先生には「卒論から始まった環境放射能研究」という演題で、先生が卒業研究から関わっておられる環境中のトリチウム研究について、自作のトリチウム分析装置に関するエピソードなども交えながら、これまでの研究の流れを紹介していただいた。依頼講演としては、英国 Centre for Ecology and Hydrology の B. J. Howard 博士から "A comparison of remediation after the Chernobyl and FukushimaDaiichi accidents" という演題で、金沢大学の長尾誠也先生から「福島原発事故により放出された放射性セシウムの大気・陸域・沿岸域海洋での移行動態」という演題でご講演していただいた。Howard 博士の講演では、チェルノブイリ事故と比較を行うことで福島原発事故がどのような特徴を持った事故であるかを様々な視点からまとめて紹介していただくことで、より客観的な視点から福島原発事故を見つめ直すための良い機会を与えていただいた。長尾先生の講演では、これまで大気・陸域・沿岸域海洋にまたがって調査された放射性セシウムの動態研究のレビューを行っていただき、個々の測定結果や分析結果を関連付けて全体を把握することの重要性を示唆された。
本研究会では若手の研究者や学生の優れた発表に対して研究会奨励賞が送られるが、今回は明治大院理工の越智康太郎氏による「福島原発事故後の多摩川集水域における放射性セシウム濃度」、阪大理の藤田将史氏による「福島原発事故由来の不溶性粒子の生成模擬実験」、東北大理の西山純平氏による「福島第一原発事故被災ウシの歯と骨に含まれるSr-90の測定」、東北大理の村野井友氏による「栽培きのこへの放射性セシウム及びアルカリ金属元素の移行」の4件が選ばれ、研究会の最後に授賞式が行われた。 (KT)

(6-04)2011.3.11東日本大震災から5年を機とした関連論文のインターネット無料公開

5年前の3.11東日本大震災に、中部地方という離れた地点で遭遇したが、それまで経験したことない不安感を掻き立てるタイプの揺れだった。その日から5年とすこしが過ぎた。地震、津波、原発事故に起因する社会的、経済的影響、そして精神的不安は、我が国を覆っていて、いつ晴れ上がるのか、わからない。
 科学者はそれぞれの専門分野から、この未曽有の被害に対応すべく研究を重ねて、成果を報告してきた。その論文の一部が、震災発生5年を機に、インターネットをとおした無料公開が2つの出版社により行われた。
ひとつ目は、Willy社からによるもので、東日本大震災に関連する論文が下記のWebSiteから配信されている。配信期限は、2016年4月30日であるので、活用したい方は急がれたい。
http://news.wiley.com/311GlobalJapan
地震・津波の科学、防災と復興、震災と心理・社会、震災と健康・医学、原発事故とエネルギー政策、環境・生態系への影響の6分野にわたり123編の論文が読むことができる。これらはWileyが出版する約1600の論文誌に掲載されたものから選択された。
ふたつ目は、Oxford University Pressからで、福島第一原子力発電所事故に関する学術論文30編が、1年間オンラインで無料公開(公開期限、2017.3.10)される。
http://www.oxfordjournals.org/our_journals/jrr/fukushima_article_collection.html
30編のなかには、金沢大学の本会会員による下記の研究論文も含まれる。
“Accumulation of accident-derived radiocesium in lake and coastal sediments at 300?700 km distance from Fukushima area”
S. Ochiai, Y. Miyata, S. Nagao, M. Yamamoto, T. Murakami, S. Nishimura, T. Itono, T. Suzuki, K. Hamataka, Y. Kawano, Y. Hamajima and K. Kashiwaya
Radiation Protection Dosimetry, Volume 167, Issue 1-3, pp.365-369 (2015)
(YS)

(6-05) 「2015年度量子ビームサイエンスフェスタ」で本会・会員が基調講演

「量子ビームサイエンスフェスタ」、初めてきくと、一般向けの科学啓蒙を目的としたお祭りイベントをイメージするだろうが、そうではない。「PF(Photon Factory)シンポジウム、MLF(Materials and Life Science Experimental Facility)シンポジウム」という副タイトルが付いているが、それが実体を表しているのかもしれない。「量子ビームサイエンスフェスタ」は、今回からの新装の名称であり、昨年度は「第3回物構研サイエンスフェスタ 第6回MLFシンポジウム/第32回PFシンポジウム」であった。KEK物質構造科学研究所(物構研)とJ-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の共同主催であることは同じである。放射光,陽電子,中性子,ミュオンの、それぞれの特徴を活かした新しいサイエンスを展開することを目指した、各施設、各ディビジョンのスタッフとユーザーの成果発表会である。そのため、物理、化学、生物、地学が関わる多彩な分野(加速器科学、物性科学、材料科学、分子生物学、分光学、触媒科学、環境科学など)から600名近くの研究者が参加するというイベントであり、多くの関連学協会が協賛として名前を連ねているが、日本放射化学会もそのひとつである。
 2016年3月15日(火)~16日(水)の日程、エポカルつくばで開催された「2015年度量子ビームサイエンスフェスタ」の最初のプログラムであった基調講演を日本放射化学会会員で現在理事の任にもある高橋嘉夫氏(東京大学)が務めた。タイトルは「放射光を用いた地球化学・環境化学: 夢と安全の追求 」であった。高橋氏は地球・環境試料中の元素の化学状態・挙動を、原子あるいは分子レベルの微視的な情報を与える手法を駆使して研究を進めている。手法は放射光を利用したEXAFS、XANESなどであり、高橋氏は「分子地球化学」という分野の旗手である。講演では、走査型透過X線顕微鏡(STXM)などを用いた放射性セシウムの環境挙動に関する話題にも触れられており、こうした最先端の手法の放射化学への適用が進んでいることが窺われた。質疑応答でも放射性セシウムの挙動に関する活発な議論があり、分野を超えて放射化学に対する期待が大きいことが分かる。今後、新しい放射光源を建設する計画もあり、その中でも放射化学的テーマが扱われていくことが大いに期待される。
1) 高橋嘉夫;「2015年度 量子ビームサイエンスフェスタ」(2016.3,つくば)基調講演要旨
http://qbs-festa.kek.jp/2015/SF_abst/oral_abstract_takahashi.pdf
(YS)

(6-06) 第17回メスバウアー分光研究会シンポジウム

東京都下・多摩の南大沢にある首都大学東京で、2016年3月17日18日の両日、第17回メスバウアー分光研究会シンポジウムが開催された。このシンポジウムはメスバウアー分光を活用する理工学分野の研究者の集まりである「メスバウアー分光研究会(Japan Mossbauer Spectroscopy Forum)」の毎年3月に開催される“年会”である。今号(6号)の放射化学会メールニュースに「第17回環境放射能研究会」の記事があるが、これも3月に開催される“年会”である。したがって、両“年会”とも2000年3月がスタートであるが、1999年10月が放射化学会の発足(放射化学会年会の第1回目)であったことを考えあわせると、これらは連動した活動であったことが推測される。
 第17回メスバウアー分光研究会シンポジウムは、特別講演3、一般講演17からなっていた。特別講演は、3件ともクロアチア・ザグレブの同じ研究所からの来日者によるもので、3件とも鉄酸化物、鉄腐食物に関連する研究であった。一般講演はすべて国内の研究者からの成果発表であった【1】。一般講演のなかで、横浜国大・首都大の共同研究「鉄ハイパーアキュムレーターコケ植物 Scopelophila ligulataに蓄積している鉄の化学状態と他の金属イオンによるストレス」、秋田県大・大同大による「鳥海山麓で発掘された埋もれ木のメスバウアースペクトル」の2件が、異分野からの研究者によるメスバウアー応用という点で関心を集めていた。
 特別講演者として外国人3名の出席があったため、シンポジウムの2週間ほど前に会長により「スライドは英語表記とすること。講演もできれば英語でおこなうこと」という依頼メールが発表予定者に発信された。すべての発表のスライドが英語であった。講演の言語は、全体としては英語が半数強であったろうか。学生、大学院生による発表では、その率は7~8割になっていた。
【1】 「第17回メスバウアー分光研究会シンポジウム(2016.3.17-18、首都大東京)」プログラム
http://www.lab2.toho-u.ac.jp/sci/chem/ichem/moss/syp17.html
(YS)