年頭にあたって
新年あけましておめでとうございます。2024年頭のご挨拶を申し上げます。皆さま、穏やかに新年をお迎えになったと思いますが、元日の夕刻には石川県能登地方にて大きな震災、次いで2日にはこの被災者の救援に向かう海上保安庁の飛行機が羽田空港にて日本航空機と接触して炎上、5名の海上保安庁職員が殉職されました。被災なさった皆さまには、心よりお見舞いを申し上げます。幸いにも日本航空機では乗員・乗客全員が無事とのことですが、本当に、波乱の年明けとなりました。あらためて、大規模災害への備えが重要であることを肝に銘じた正月と感じた次第です。
さて、小生が会長を仰せつかってから早くも1年半余が経過しました。理事会などでの動きは牛歩のごとくですが、着実に進めることが出来た部分もあります。ここでは、残り半年ほどの任期を無事に終えて、学会の継続・発展と云うタスキを次期執行部へ繋ぐべく、会員の皆さまにご報告とお願いを申し述べます。
まずは、本学会にとって冒頭の「備えあれば憂いなし」とも言える若手の支援策についてです。若手の育成は、本学会が永続的に一般社団法人としての活動を繋いでいくための基礎ともなるべき事業と捉えています。去る9月の放射化学討論会会場での会員総会、続く若手奨励支援策検討のワーキンググループや理事会での議論を通じて、また、担当理事や若手会役員諸氏のご尽力により(一社)放射化学会として、基金設立と支援策を、ほぼほぼ確定させております。概要をまとめると、下記のような3つの支援策を骨子としています。また、同時にこの事業を支える委員会も組織します。
1) 学費支援(経済的に困窮する博士後期課程学生を対象とした修学費の支援)
2) 海外旅費支援(若手の会会員のキャリア形成を目的とした国外での研究活動の経費を支援)
3) 研究費支援(若手の会会員が自身の研究に必要とする研究費を支援)
この3つを約6,000千円の基金によって、実施していく予定です。当面許される予算額は、各年、各支援に対し1名でそれぞれ500千円、合計1,500千円の額を想定しています。近々に関連規程の公表と候補者募集のアナウンスがなされるものと考えていますが、各大学の指導教員の先生方は、ご自身の下の学生・院生諸氏に若手会への参画とこれらの支援策への応募を積極的にご指導くださるように、お願いを致します。
これまでも繰り返し述べて来ましたが、若手の育成は本当に急務です。我が国におけるこの分野の5年先、10年先、20年先に「知的な空白」や「知的な飢餓」状態を生み出さないためにも、学術分野での「若手支援の義倉」を作り出したいと思います。ここで「義倉」ですが、ウィキペディアによれば[1]、「中国、朝鮮及び日本で、国内の要地に置かれた穀物を備蓄する倉庫。災害や飢饉に備えて米などの穀物を一般より徴収し、または富者から寄付を得て蓄えた。非常時に備える一方で穀物の腐敗の防止と義倉の維持のために古い穀物を安価で売却(出糶)し、また一般に低利で貸し付ける(借放)事も行われていた。」とのことです。飢饉において窮民を救済するための制度であり、江戸時代中期の名君の誉れも高い上杉鷹山公も採用した賢明な施策[2]です。米沢藩では天明の飢饉もこの策で乗り切ったとのこと。他にも、我が国には江戸時代には人助けや相互扶助の文字通り美しい伝統や仕組みがありました。今でも地方には残っているかと思いますが、無尽講[3]などはそのよい例です。上述のどちらにおいても、参加者からの寄金や供出が要になります。ご存知のない若手のためにコトバンク[4]から引用すると、無尽とは「一定の口数を定め加入者を集め、一定の期日ごとに各口について一定の出資(掛金)をさせ、一口ごとに抽選または入札によって所定の金額を順次加入者に渡す方式でお金を融資するもの」との説明です。さらにくだけて、江戸時代のお伊勢参りの例で説明しましょう。当然ですが、江戸から伊勢に出かけるには旅行資金が必要です。この資金は庶民にとっては非常な大金ですから、自前の資金だけでは出かけることが出来ません。特に江戸っ子なんざ、宵越しの金は持たねぇ、と云うわけですから、伊勢に行けるわけはありません。そこで、世話人の元で多数の人が少額を積み立てして、順番やくじ引きで少数の人がこの旅費を受け取ってお伊勢参りへ出かける、と云う仕組みがあり、「伊勢講」と呼んだそうです。これは目的がお伊勢参りですが、他の目的でも何かを購入するのでも、何でもよいのです。この仕組み、無尽講の狙いは、あくまでも相互扶助でした。しかし、年代が下るとより商売に、商業上の小金融の仕組みとなっていき、相互銀行や信用組合の制度となって、現代に至っています。しかし、なお、現代でも無尽講は続いているようです。小生が子供時代は戦後の貧しさから脱却する時期でしたが、母親が5,6名の主婦のみなさんとこの無尽を実践していたことを記憶しています。
日本放射化学会は大規模な学会ではありませんので、余裕が若干あるとは言え、現状の基金の総額には限りがあります。したがって、上述の仕組みは当面3年間ほどを目途に時限的なものと考えています。新しい仕組みの成果や問題点を受けて、よりよき若手支援の仕組み確立を目指します(次々期の理事会メンバーに託します)。そこで、諸先輩やシニアの先生方へのお願いは、上記の支援策を長期的なものとならしめるため、もっと多くの若手を支援するための、ご寄付です。少額の寄金でも若手への力となると思います。今後、会員管理サービスとして導入したウェブシステムであるSmoosy上での寄付も設けていく予定です。上述の放射化学分野での「知の義倉」を確立するために、相互扶助として、皆さま、ご篤志をお寄せください。ご協力、何卒よろしくお願い致します。
もうひとつ、会員の皆さまにお願いがあります。
それは、本学会と賛助会員の皆さまとの関わりです。当期においては、担当理事諸氏のご活躍により賛助会員の拡大も達成でき、進展がありました。しかし、賛助会員への「メリット」を充分に大きくするところまでは至っておりません。学会として可能なこととして、インターンシップの若手への紹介があります。賛助会員から募集のお知らせを募り、若手会を通じて、学生・院生の会員諸氏へインターン募集について周知していくことが出来るだろうと考えます。渉外担当理事や若手会関係者の皆さまに動いて頂きたく、どうぞよろしくお願いを致します。
最後に、「放射化学の夢ロードマップ」に関するお願いです。当学会の各部会にあっては、ロードマップの改訂に向けたご議論をお願いしています。現在の2021年版のアップデートに繋げて参りたく、特に、部会長の皆さまには、ご協力をよろしくお願い致します。
会員諸氏、シニアの先生方、皆さま方、お願いばかり列挙しましたが、現理事会諸氏を代表して、この6月の任期の終了まで、全力で「未来につなぐ」ための努力を続けて参ることをお約束して、新年のご挨拶と致します。波乱を吹き飛ばして未来へつながる一年として参りましょう!よろしくお願い致します。
[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%A9%E5%80%89
[2] Frich株式会社ホームページ コラム 江戸時代における、強制拠出・連帯責任などの「助け合いのしくみ化」の話https://frich.co.jp/several-liability/
[3] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%84%A1%E5%B0%BD
[4] https://kotobank.jp/word/%E7%84%A1%E5%B0%BD-140498#goog_rewarded
2024年1月吉日
五十嵐 康人(京都大学 複合原子力科学研究所)
過去の会長メッセージ
日本放射化学会会長からの新年あいさつ (2023年1月 五十嵐 康人)
みなさま、新年あけましておめでとうございます。気象庁や国土交通省による正月寒波襲来の予測が出されたことから大阪南部でも大雪や低温には警戒しておりましたが、寒気の南下は限られたようで、大阪では降雪などはありませんでした。北日本のみなさんは文字通り「備えあれば憂いなし」を実践されたと思いますが、全国的には比較的穏やかな新春をお迎えになったことと思います。みなさまの益々の研究・教育のご発展とご健勝を祈念いたします。
では早速ですが、本題です。新春の御用始めにあたり、昨夏に就任あいさつとしてお約束したことをあらためてここで明確にして参りたいと考えています。2022-2023年度事業重点目標では、「放射化学会の発展について―未来へつなぐ」と致しており、一般社団法人となった日本放射化学会は、社会的な責務を果たしつつ社会からの負託に応える組織として、より一層活力ある研究者集団として活動する学会を目指して参ります。
日本放射化学会と云う「バトン」を未来へつなぐため、具体的には、1)若手の活性化、2)雑誌の活性化、3)賛助会員への取り組み強化を喫緊の課題と捉えているとお伝え致しました。それぞれについて、すでに担当理事や若手会関係者を含む諸氏に対応をお願いし、会則にはないものではありますけれども、ワーキンググループ(WG)を組織して取り組み案の検討をお願いしています。案を提示頂いたものについては、12月の理事会でも議論して頂きました。次回3月の理事会、6月の社員総会などでさらに議論を深めて頂き、着実に実施していく所存です。みなさまのご協力や放射化学会への一層のご寄与、活動へのご参加を改めてお願い致します。
1)から3)の課題について、再度、意義を確認していきたいと思います。まずは、1)若手の活性化についてです。若手人材の供給は放射化学と云う分野の維持と発展に不可欠であることは言を俟ちません。このところ講義で学生さんたちに何か印象を残したいと思い、徒にではありますが、故事成語や古典の引用をこころみています。それにならって、「荀子」[1] 勧学篇冒頭の一文を引用します。「君子曰、『学不可以已。』青、取之於藍、而青於藍、氷、水為之、而寒於水。」読み下し文は、「君子曰はく、『学は以て已むべからず。』と、青は、之を藍より取りて、藍より青く、氷は、水之を為して、水より寒し。」です。広島大学文学部の佐藤利行先生によると、「君子は言う、『学問は中途でやめてはいけない。青(い色)は藍草を材料にして作るが、藍草よりも青く、氷は水からできるが、水よりも冷たい』と。この言葉は、学問の功によって弟子が師よりも勝るようになることに喩えられています。」とのことです[2]。
幸いにも現状、日本放射化学会の財政はプラスになっています。学会は蓄財や利益の達成が目的ではありませんから、その資金を師よりまさる逸材の育成に充てることはおかしくありません。そこで、小生は、学会長への就任に際し、日本放射化学会のみなさま、現理事諸氏へ放射化学会奨学金(仮称)の創設を提案しました。現状の財政的な余裕は数年間で尽きてしまうかもしれませんが、せめてその期間だけでも有望な後継者育成に寄与できればと考えます。もちろん日本放射化学会は大規模な学会ではありませんし、どのような仕組みが学会の規模に見合った適切なものかは議論の余地があります。しかし、有為な人材を輩出していくためには、時限的であっても何らかの制度を早急に定める必要があると考えます。現状、若手の会の主要メンバーを含めたWGが具体策の検討を行っています。良き案が固まることを期待しています。
次いで2)の課題についてです。和文誌についても強化が必要ですが、半年以上の期間、論文の新規投稿がなかったと聞いている英文学会誌、Journal of Nuclear and Radiochemical Sciencesについては、特に根本的な対策が必要と考えています。篠原前会長の就任あいさつにも「英文ジャーナルの件ですが、これはもはや課題のレベルではなく、現在瀕死の状態です。廃刊を覚悟し今の方針で最大限努力してみるか、上記の連携とも絡んで大刷新を図るか、どちらかと思います。」とあります。この状況は編集委員長、委員諸氏の奮闘にもかかわらず、残念ながら見通しが立ってはおりません。どのような策によれば魅力ある雑誌へと展開できるのかWGにて検討していますが、雑誌としてのポジティブな循環が確立するように、さらに議論を重ねて参りたいと考えます。
3)賛助会員になっていただいている企業・団体との関わりを、学会として強化する必要があると認識しています。正会員に対して、学会参加の「メリット」をはっきりさせることはあまりに当然でしょうが、せっかく賛助してくださっている会員に対しても何らかの「メリット」が求められていると思います。他の学会での取り組みに学びつつ、改善していくことが必要と考えています。積極的に賛助会員との交流の場を作り、情報交換が可能となるように、WGを設けて検討を進めて頂いています。本年は、そのうちの一つでも具体策を実施したいと考えています。
最後に、「放射化学の夢ロードマップ(2021年版)」(http://www.radiochem.org/community/roadmap.html)にも触れておきたいと思います。このロードマップを作成するに際して、前会長や理事諸氏は研究・教育のビジョンを確定させ、同時に夢も語ってきました。これらを踏まえた学会活動の活性化に努めたいと考えます。本年9月に広島で開催する放射化学討論会が重要な機会となりましょう。荀子の言葉を記し終わりとします。「不積蹞步、無以致千里、不積小流、以成江海。」(読み下し文:(キホ)を積まざれば、以て千里に至ること無く、小流を積まざれば、以て江海を成すこと無し。意味:片足ずつの半歩半歩を積み重ねていかないと、千里の彼方へは、行き着くことはできなく、細い流れの僅かな水をあわせていかなければ、江海の大きな水量になることもできない。)[3] ロードマップに描かれたはるか遠く未知の世界に到達することや、悠々たる研究分野の大河や大海を築くことを目指しましょう。上記以外にもたくさんの課題があると思いますが、何はともあれ着手することが大事と考えて一歩一歩を重ねて参ります。今年もどうぞよろしくお願い致します。
[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%80%E5%AD%90
[2] https://www.hiroshima-u.ac.jp/bungaku/izanai/izanai_sato_toshiyuki
[3] http://fukushima-net.com/sites/meigen/4523
※本稿は昨年8月に放射化学会誌「放射化学」に掲載された就任あいさつを、ホームページへの掲載を目的として年頭あいさつに改編したものです。
2023年1月4日
五十嵐 康人(京都大学 複合原子力科学研究所)
会長退任に当たって (2022年9月 篠原 厚)
1. はじめに
本年 2022 年 6 月 25 日の社員総会にて、新役員が承認されたことに伴い、今季 2020−2021 の理事会・監事メンバーは退任し、現在、新しい理事会・執行部がスタートしています。私も会長を退任となり、新しく五十嵐康人先生(京大複合研)に引き継ぎました。まずは、これまでの理事・監事の皆様、4 年間、もしくは 2 年間、お役目お疲れさまでした。また、再任の理事・監事の皆様、そして新しく就任された理事・監事の皆様、2022−2024 年度、五十嵐会長の下、放射化学会のこと宜しくお願いいたします。
さて、阪間編集長から会長退任のあいさつ文を依頼されましたが、おそらく退任に当たっての何か遺言をとのことかと思います。多くの反省と五十嵐会長・理事会へのお願いごとばかりになりそうですが、以下に少し駄文を残したく思います。
2. 2018―2021 期を振り返って ―学会の法人化と新型コロナ―
私の 1 期目の終了時は、ちょうど法人化の準備の途上ということもあり、異例ですが 2 期会長を務めさせていただきました。4 年前に皆様に所信表明的なことを「放射化学(No.38)」に就任のあいさつとして述べています。それに照らし合わせてどれだけ実現したか、少し振り返ってみることにします。ただ、振り返るまでもなく、まだまだやり残したことが多くあり、よく偉そうに書けたものだと、今、反省と恐縮の中にいます。そのタイトルは「会員がメリットを感じる学会を目指して」でした。具体的施策として、当時は 4 点を挙げていました。「学会の法人化」、「会員増強」、「若手の活性化」、「英文ジャーナルの在り方」です。
このうち、目に見える形で実現しましたのは「学会の法人化」です。ただ、これは、法人化自体が目的ではなく、もちろん、これまでの任意団体の形態による個人的な負担や事業面での制約を解消することもありますが、それにより、学会を活性化し、社会的責任も果たすということが目的です。ただ、その部分はまだこれからです。「会員増強」と「若手の活性化」については、その下ごしらえは手掛けてはいるのですが、まだ具体的成果にはなっていません。最後のずっと懸案の「英文ジャーナル」は次期政権に期待です。またもや先延ばしをしてしまい申し訳ありません。毎回の理事会では長時間議論し、総会でも割と活発な意見交換があり、いろいろ進めたように思っていましたが、結局、法人化以外で目に見える施策は、会員、特に若手の活性化や、長期的には会員増にもつながるだろうとの思いを込めて行った、ロードマップの策定と部会の設置です。これらについては次章で少しその思いを述べたく思います。
学会の法人化は、私の 2 期に渡る会長任期の中で最も大きな取組みでした。実際には、皆さんご存じの通り、北辻監事(当時理事)を中心とした法人化 WG メンバーがまさに奔走して実現したものです。私が会長に就任してすぐに検討を始め、足掛け 3 年、2 回の総会での議論を経て、令和 3 年 4 月から「一般社団法人」としての日本放射化学会がスタートしています。しかし、これを成果と呼んでいいかどうかは、まだ未定で、現時点では財政負担も増え、会計を中心に業務もややこしくなるばかりです。ただ、この法人化により、放射化学討論会時代からの長い歴史をもつ日本放射化学会が、社会的な責務を果たしつつ社会からの負託に応える組織として、より一層活力ある研究者集団として活動する最小限の環境は整ったと思っています。法人化の目的や経緯は、「放射化学(No.42)」で詳細に説明していますので、ここでは省略させていただきますが、これからが重要な段階です。今後、法人格を生かした新たな取り組みがどんどん行われ、学会そして会員の教育研究活動の活性化や会員増につながり、社会に認知される学会に成長した時こそ、本当にこの法人化が成果と言えるようになると思っています。
また付随的なことですが、ご存じの通り、2 期目(1 期目の終わりごろから今もなお)はパンデミック、すなわち新型コロナウイルス感染症の蔓延が、学会と理事会や委員会の運営に大きな影響を及ぼしました。学会として大きな悲しい出来事は、2020 年と 2021 年の 2 回の討論会がオンライン開催となり、法人化記念の大懇親会も夢となってしまったことです。また、コロナ禍による研究活動の縮小の懸念も 2021 年の第 65 回討論会における発表件数の減少として現れ、かなり危機感を抱くに至りました。今では、オンラインやオンラインと対面の併用の学会も普通になり、むしろ参加が容易でメリットもあります。一方で、オンラインでは実のある討論が難しく、対面による新たな交流などの重要性からも対面開催を望む声が多いのも事実であり、今後数年の経験を経ていい形に着地するのではないかと思っています。また、2 年間準備を進めてきた APSORC2021 も、上記の理由から対面を主に準備をしていましたが、アジア諸国の状況から、対面を基本にすることは困難になりそうとの判断で、非常に残念ながら再延期(2025年に日本で開催予定)となりました。そこで急遽、APSORC をお世話頂いていた高橋嘉夫先生に引き続き第 66 回討論会をお願いしていますが、LOC と理事会がしっかり連携する新しい方法で準備・運営することとしました。高橋先生主導による周辺領域を取り込む施策も手伝い、研究活動の縮小の懸念が吹っ飛ぶ多くの発表件数があり(8 月中頃脱稿時点の状況)、LOC のご尽力に感謝すると同時に新しい形での討論会を楽しみにしています。
なお、理事会や各種委員会等も、この 2 年余りは多くはオンラインで行っており、おそらく今後も要所要所で対面を取り入れながら、オンラインの併用を続けることになりそうです。この形は、多忙な理事や委員の皆さんの時間と経費の節約にもなります。たしかにパンデミックの後の世界は変わると言われていますが、その通りかもしれません。
3. 新しい取り組み ―ロードマップ作成と部会制度の立ち上げ―
放射化学会のロードマップについては、2 回にわたり「放射化学(No.43, 45)」に記事を掲載頂きましたので、詳しくはここでは述べませんが、その意図するところと今後の期待は再度記しておきたく思います。
このロードマップ策定プロジェクトは、学会が新法人としてスタートする際に、我々のベースとなる分野の教育研究にビジョンと将来構想を持っておくべきと考え企画したものです。新法人に新風を吹き込み、教育研究活動の活性化と学生や若手の増員に繋がることを期待しています。
このロードマップ作成の取り組みは、2019 年度の第 63 回討論会の学会創設 20 周年の記念事業の一つとして、4 分科会と教育の 5 分野のロードマップの作成を開始し、2020 年の第 64 回討論会で披露しました。次に、それらを学会の公開ロードマップの形にまとめ上げ、第 65 回討論会で披露後、いわゆる学会員のパブコメを経て、最終版の「放射化学の夢ロードマップ(2021 年度版)」を本年 2022 年の社員総会で紹介し、同時に学会ホームページで公開しています。
ロードマップは会員の皆様自身のモノとして、我々の分野の紹介や会員間の交流のきっかけとして活用いただき、さらに学生に夢を語る際のネタの一つにしていただければ、その役目の半分以上は果たせたと思います。また、他学会との連携の際にも重要な資料となりますし、日本学術会議の大型研究のマスタープランの策定や、大きなプロジェクトの予算獲得の資料や国へのアピールの際に、学会や学問分野のビジョンを示すものとして活用できれば幸いです。
ただ、ロードマップは常に新鮮で会員の思いが反映されていなければなりません。そのためには更新を続けることが必須です。ロードマップ WGと理事会では、各部会長(後述)に部会のミッションとして 2 年ごとのロードマップ更新をお願いしています。世代を超えた部会員間の意見交換のネタとして、是非とも継続的に活用・更新をよろしくお願いします。
次に、部会制度の立ち上げについて述べておきたく思います。当学会は、ご存じの通り、古くから、放射化学が多様な分野をカバーすることから、分野に特化した分科会があり、そこが、ある程度専門別に関連分野の研究者や学生の交流・意見交換・意思決定の場として活動しています。現在、核化学分科会、放射化分析分科会、原子核プローブ分科会、アルファ放射体・環境放射能分科会の 4 つがあります。学会組織化の後も、ずっと、分科会主体の活動は継続されていますが、分科会組織は学会組織とは独立なため、必ずしも分科会メンバーがすべて学会員とは限りませんし、複数の分科会に参画しているメンバーも多くいます。逆に、分科会の研究分野が学会員の研究分野をすべてカバーしているわけでもありませんので、どの分科会にも属さない会員もいます。このように、学会の中での分科会の位置づけは不確定なままで、討論会の中で分科会の時間を設ける程度で、組織的にはほぼ独立した活動となっています。
そこで、法人化を機に、部会制度を設定し、各分科会に対応する部会を設置することで、部会を通じて分科会を学会の組織の一部として接続し、種々の支援と理事会との交流や連携を図れるようにしました。ここで注意いただきたいのは、従前の分科会は継続されており、分科会メンバーの中の学会員で組織しているのが部会です。分科会の中で部会をどう位置付けてどう運営するかは、それぞれにお任せしています。分科会帰属の部会以外では、若手の会と教育部会が設置されています。若手の会は部会として位置づけることで、組織の強化とさらなる活性化を目指しています。教育部会は、先に述べたロードマップ策定の際に、教育人材育成パートのロードマップの検討の中で提案されたもので、教育人材育成には組織的に進めるべき課題が多くあるとの認識からです。各部会からは部会長を選出いただき、必要に応じ理事会に(オブザーバーとして)出席することにより、部会と理事会の意思の疎通を図り、また活動計画に応じた予算の配分も可能とすることで、より部会・分科会の活動を活性化しようというものです。
なお、部会は今ある分科会に対応するもののみに限る必要は無く、それでカバーしきれていない様々な分野についても、新たな部会の設置は検討すべきと思います。現時点で分野名として出ているのは核医学関連やアクチノイド・原子力関連化学などです。是非、今後設置を実現いただければと思います。部会はまだ形が出来ただけで、今年度からいよいよ実働を開始です。それぞれの領域での活動をより活発にすると同時に、学会を共有の場としてシナジー効果で新しい放射化学が開かれることを狙っています。未だどの部会にも登録していない方も多く居られますが、是非、自分に関係しそうな部会(複数可)に積極的に参画いただければと思います。
以下、今期私が部会長を務めている教育部会について、少しその目的と活動内容を紹介します。そもそも、放射化学の分野では、以前には、かなり社会教育を含め種々の放射線教育活動を行っていましたが、最近、世代交代もあり少し見えにくくなっていました。本部会は、そのような背景も含め、本来重要な学会活動のパートである放射線教育を支える役割を担うことも目的としています。我々の分野の大きな課題は、人材であることは言うまでもありません。大学における放射化学研究室の全国的な減少に伴い、関連する教育の機会減少が懸念されているにもかかわらず、一方では、福島第一原子力発電所の事故以降は、関係する放射化学技術や研究者の必要性が叫ばれており、当学会には大きな役割が期待されているはずです。教育人材育成は大学のミッションですが、現在の学生・若手の支援はもとより、広く学生に我々の分野やその魅力を知ってもらうこと、大学・大学院の教育の充実を支援すること、関係者がいない大学等や関連分野への教育機会の提案・提供、学校教育や社会教育への貢献、これらのためのコンテンツ収集・開発や教育セミナーの開催など、個人よりは組織的に対応した方が効果的な、もしくは組織でしか対応しにくい場面も多くあります。教育部会では、これまで学会員が個々に行ってきている様々な取り組みを支援もしくは連携しつつ、上記に関する新たな取り組みを提案し、全学会員の協力を得て人材の長期的な強化と放射線・放射能についての社会認識の向上を目指しています。今、部会員は 50 名あまりですが、さらに多くの皆さんの入部をお願いすると共に、是非皆さんの本取組への積極的参画をお願いします。
4. 今後の放射化学会への期待 ―次期理事会へのお願い―
ここからは遺言(やり残したことの引継ぎのお願い)を簡単に述べようと思います。
上記のロードマップや部会制度の導入に加え、もう一つ会員増と活性化に繋げるために計画していた施策として、関連学会との連携構想がありました。そのためにアンケートを取るなど下準備を始めたのですが、ご存じの通り、新型コロナの影響で、外回りの活動がやりにくくなり、交渉を伴うような取り組みはほとんど動かせませんでした(ま、半分は本当で、半分は検討が遅れていたことも原因ですが)。この連携にはいろいろなパターンが考えられますが、我々のような小規模学会の活性化には有効な部分はあると思っています。また、学会本体同士ではバランスがとりにくい場合でも、部会レベルでの合同イベントなどなら可能な場合もあります。是非、五十嵐会長には何らかの形で進めてもらいたく期待しています。
もう一つ是非進めるべきは、法人となったことで出来るような新しい取り組みです。各種イベントや出版事業など色々考えられますが、理事のみならず、学会員全員で学会の活性化につながるような斬新なアイデアを出して頂ければと思っています。
やり残したことは他にもたくさんありますが、全く手がつかなかった懸案が、最初にも触れましたが、「英文ジャーナルの在り方」です。これは、上記の関係学会との連携の中でジャーナルの連携などの可能性を探るつもりではありましたが、実際にはそう簡単ではなく、まずは何とか実績を上げる革新的な策を講じる必要があります。五十嵐先生は他の学会でもご活躍で別の視点もお持ちと思いますし、現編集長が理事に就任されましたので、高所から現場では動かしにくかった大ナタを振るえるのではないかと期待しています。
会員がメリットを感じる学会に近づくために、何が必要か?おそらく直接的(単純)には払った年会費以上の何らかのリターンがあるかどうか?です。学生や若手については、その支援をより強化し、それが広く学部生や少し周辺分野も巻き込める形を取れればいいのではないかと思っています。一般会員・研究者にとっての最大のメリットは、学会での学術的なリターンでしょう。討論会等での活発な議論や交流、そして、それによる自分自身の研究の進展や新たな共同研究への発展など、活量のあるアカデミックな雰囲気でしょうか。そのためには、まずは当学会の年会である討論会のさらなる活性化が重要となります。そしてもう一つ重要なことは賛助会員(企業)にとってのメリットです。賛助会員を増やすことは健全・強力な学会運営のためには重要ですが、やはり企業側にメリットが無ければ入会依頼も出来ません。この件は以前から話題に上がっていましたが、次期政権で是非具体化し賛助会員の増員をお願いしたいと思います。
ということで、たくさんやり残したことを並べ、五十嵐先生の次期政権にお願いばかりを述べてしまいました。その中で、討論会の活性化については、高橋先生のご尽力もあり、すでに新しい方法でいい方向に進んでいます。さらに期待したいのは、やはり五十嵐会長と新しい執行部の特徴が表れた取り組みや運営です。学会運営には、継続して引き継がれ変わらないベースの部分と時代や人によって新しい方向性が加わる部分があるべきと思っています。是非何か面白いことをやって頂ければと楽しみにしています。
5. おわりに ―放射化学の課題と未来―
我々の分野が主な対象やツールにしている放射線やRIが関連する分野については、主要なRIユーザーであった生物科学関連が激減した一方で、新しい量子ビーム利用、新元素の発見、医学・薬学分野での新規診断や治療など、基礎科学や応用研究で新しい芽が伸びています。一方で、原子力のゴミ問題、福島原子力発電所事故における環境回復、廃炉、放射線障害・被爆の問題、またこれらを受けた放射線規制の在り方なども含め、避けて通れない大きな課題もあります。このような人類的な課題解決は、将来の科学・技術の進歩に期待しているところが大きく、それには人材育成が必要条件であり、社会からも当学会が期待されるところ「大」のはずと思っています。
我が国では RI の医療分野への利用の促進を想定し、2021 年の閣議決定により、RI の国内製造を進めることが打ち出されました。1995 年の閣議決定で出された RI 供給は輸入に頼るという方針が変更されたことになります。また、ご存じの通り、復興庁主導で設置を進めている浜通りの国際教育研究機構には、放射化学が大いに関係する(RI のポジティブ利用)分野も含まれており、研究と雇用の場の拡大の可能性もあります。いずれも若手の活躍の場が広がっていることを示しており、非常にいい状況にあると言えます。この状況をより近い(メリットを感じる)ものにするのも学会の役割でしょう。今、積極的に動く時期だと思っています。
ただ、問題の人材に関しては、ご周知のとおり、大学学部の講座は減少しており、その中で博士後期課程まで進む学生も減少している状況から、将来に不安を感じざる得ない状況です。幸い、我々の分野では、上述のように解決すべき人類的課題あり、新元素などの夢のある研究あり、人類の健康長寿につながるテーマありで、実は魅力たっぷりの分野です。問題は、学生が研究者や大学教員の職に魅力を感じるかどうかが問題なのかもしれません。(私見ですが)とにかく我々自身が面白い研究を(見えるように)楽しく行なうことが大事だと思います。その研究をさらに刺激しあい、連携し、広げる、そしてそのような交流を求める人が集まる、そういう場を放射化学会が提供し、学術の発展と人材育成の一翼をになう。私が描く近未来の(一社)日本放射化学会です(実はあるべき普通の姿)。
最後に、どう言う巡りあわせか、後半は新型コロナに翻弄され、さらに何故かこの時期、放射化学会にとって大事な先生方が次々亡くなられ、その度にどんどん心細くなる思いをしていました。再度になりますが、先生方のご冥福を心からお祈りいたします。このような中で、何とか学会を運営し、困難な施策も実現できましたのも、学会員のご理解と理事・監事の皆様のご尽力のお陰です。心から感謝しています。また、本文では、非常に長くだらだら私の会長期の総括を書いてしまい、往生際悪く多くの引継ぎやお願いをしてしまいました。ただ当然ですが、これらに(あまり)左右されることはありません。新執行部で五十嵐色豊かな運営をどんどん進めて頂ければと思います。五十嵐康人新会長の下、日本放射化学会が益々発展していくことを祈念しております。
2022年9月30日
篠原 厚(大阪大学・大阪青山大学)
新法人 一般社団法人日本放射化学会の誕生 (2021年4月 篠原 厚)
このアナウンスは、会員の皆様に、日本放射化学会の法人化の完了、会員の新法人への移行、そして新生の一般社団法人日本放射化学会の活動の開始をお知らせするものです。
皆様のご理解とご協力により、昨年秋の第64回討論会(2020)の総会で了承されました移行スケジュール通り、2021年2月1日に新法人を設置(登記完了)し、本日4月1日付で会員全員を新法人に移行しました。これに伴い、本日から(一社)日本放射化学会の活動を開始いたします。ついに新生・一般社団法人日本放射化学会の誕生です!
会員(社員=正会員)が関わる最初の行事は、6月に予定している社員総会です。そこで前年度の事業報告と今年度の事業計画書、収支予算書の報告、ならびに前年度の収支決算書の承認を行います。オンラインで開催する予定ですが、後日、正会員には案内をお送りします。法人としての最初の総会でもありますので、是非とも、多くの皆さんの出席をお願いいたします。
法人化に踏み切った理由、その必要性と活動方針は「放射化学」(42号)に記事「日本放射化学会の法人化について」に記載させて頂きました。この法人化により、放射化学討論会時代からの長い歴史をもつ日本放射化学会が、社会的な責務を果たしつつ社会からの負託に応える組織として、より一層活力ある研究者集団として活動する最小限の環境は整ったと思っています。しかしこれは第一歩です。これから法人格を得たメリットも生かしつつ、会員各位のご理解とご協力のもと会員がメリットを感じる活力ある学会に成長させるべく、種々の取組を進めたく思います。根底にあるのは、会員の皆様に放射化学とその関連分野の学術の展開、教育人材育成、社会貢献を推進する「場」として、新生の(一社)日本放射化学会を活用していただくことであり、これこそが一番重要なことです。皆さま宜しくお願いいたします。
2021年4月1日
一般社団法人日本放射化学会
代表理事(会長) 篠原 厚
日本放射化学会会長を退任するにあたって (2018年3月 中西 友子)
中西友子 (東京大学)
2014年9月から3年半、何とか会長を務めさせていただくことができたのは、ひとえに理事の皆様ならびに会員の方たちのお陰です。
この学会の特徴のひとつは若い会員の活動が目立つことです。放射性同位元素を扱う施設が減少していく中、その施設の管理に必須な放射線取扱主任者には若い人が選任されていることも多く、その方たちが身近なアイソトープを使って研究をする時の拠り所として本学会に参加されることも判ってきました。そこで、学会のホームページを充実させて会員の方たちへ情報提供をしていくことがまず大切な課題となり、酒井陽一先生をはじめ、担当の先生方には大変ご苦労をおかけしました。お蔭様でJNRSニュースをはじめ、1957年の第一回放射化学討論会から今に至る学会要旨などをホームページで見ることができるようになりました。ビキニ事件から3年後の本学会で発表された研究成果は、福島第一原発事故後の研究に類似したところがあります。しかし、その実験の実情は、今ではとても考えられないような大変な作業を伴う放射化学的な分析でした。それから60年以上、今日まで続く放射化学分野の研究発表の蓄積はこの学会のもう一つの特徴でもあります。その間に培われたノウハウと、忌憚のない議論が交わされた本学会の風土は貴重な財産とも言えるでしょう。
放射化学は広く他の学術領域と共に発展する学術分野でもあります。今後、放射化学の知見を必要として発展していく学術領域としては、核医学や核鑑識などが挙げられるでしょう。米国ではこれらの分野の進展に伴い、放射化学者数の減少が阻止されたと伺っています。
これからは、篠原厚新会長の下、本学会が益々発展していくことを祈念しております。(2018.3.30)
会長就任に当たって (2018年4月 篠原 厚)
篠原 厚(大阪大学大学院理学研究科)
平成30年(2018年)4月1日より会長を仰せつかります。私は、中西会長の2期目に副会長として、しばらくぶりで理事会に参画させて頂いておりました。はじめは浦島太郎的感覚でかなり様子が変わっていることに驚いていました。ただ、やはり本質的課題は同じで、我々の日本放射化学会は厳しい状況にあることを再認識しています。
しばらく外から見ていますと、何とか学会を改革しようとするそれぞれの会長の苦労されている様子が垣間見えましたが、新しい試みは準備にも時間がかかり、なかなか難しい状況のものもあります。中西会長の下でも、まだ表に現れていませんが種々の試みがなされていますので、先ずは連続性を大事にしたいと思っています。ただ、抜本的変革を行う時期でもあるとも思っています。
会長就任に当たり会員のみなさんにメッセージを発信しようと、改めて歴代会長が何を考えて会長職に臨んだか、ホームページが良く整備されており「放射化学ニュース」や「放射化学」のバックナンバーで見ることが出来ますので、その中の会長挨拶を読んでみました。皆さんそれぞれ特徴もあり問題点を的確に捕らえ、その解決に意欲が感じられるものです。しかし、よく見ると、実は同じことがいつも課題に挙がり、学会創設以来、高邁な創設の理念と併せて、当初から多くの課題が指摘されていましたが、ほとんど解決されないままであることも分かります。研究を開始する前にレビューを読んでしまうと研究がもはや終わっているかに思えるので、ダメだ、と学生の頃に私の恩師から言われましたが、まさにその通りで、抜本的改革を行う時期だと言いながら、これまで色々会長が努力されてきたことに加え、改めて私が何を抱負として描けるか悩んでしまいます。
放射化学は自然科学の中でも非常にベースになる学問の一つで、ベクレルの放射能の発見以来、強い力や弱い力と係わる基礎化学として物質観の拡張に貢献し、化学からの核現象研究、核現象による化学研究を発展させ、広い応用分野も含む学際的科学としても進化を遂げてきています。核現象と核エネルギーを安全に利用するためには、その基礎研究部分を担う放射化学・核化学の発展、そしてその教育と人材育成の重要性は言うまでもありません。我々の日本放射化学会は、皆さんご存じの通り、この高邁な理念の元、学際的分野も含めた広いスタンスで、会員(研究者)の研究の促進と交流の場を与えること、放射化学にたいする社会的認識の向上、放射線教育の普及などを目的に、平成11年(1999年)に設立されました。
福島原子力発電所事故の時、このような背景と専門性を持つ放射化学会は、事故への対応に最も重要かつ多くの人材を有する学会の一つであったはずです(現に、当時活躍した研究者の多くは放射化学のメンバーでした)。しかるに、放射化学会は社会や国から存在が認識されていませんでした。学会としての社会的認知がなされていない、言い換えると社会に対してその役割が果たせていないことが明らかになったと言わざるを得ません。このままですと単なる「同好会」でしかありません。
この基礎に軸を置く高邁な学会創設の理念はすばらしいものですが、間違えてはいけないのは、基礎を軸とするのは研究者であり、学会ではありません。学会は、研究者にそのような環境を与え、社会にその重要性を周知し、社会との交流を仲介する、いわば研究者にとって居心地が良くかつ機動性のある「船」のようなものです。学会としては、多くの広い他分野と関わり、社会や国にもつながり、個人ではやりにくい事業活動や組織だった社会活動・教育、大きな連携によるプロジェクトの受け皿になるような機能が必要です。個人である会員(研究者や学生)に対して組織として何が出来るか、何をするべきか、皆さんとじっくり真剣に考え、浮かび上がった課題の内で少しでも解決できればと思っています。
まだ具体案はあまり有りませんが、検討を始めたい観点として、今のところ次の3点があります。すなわち、「学会の法人化」、「会員増強」、「若手の活性化」です。これらいずれも(特に前者2件は)今の放射化学会の実力では単独では困難で、周辺学協会との連携体制の構築が必要と思っています。若手の件は、皆さんご存じの通り、現在新しい体制が築かれようとしています。連携の方は、すでに中西前会長が手がけられています。この中で、これまでも議論され見送られてきた法人化は、もちろん容易いものではなく、学会組織そのものに係わる大改革を伴います。ただ、現在の研究者を取り巻く社会の厳しい変革の中では、研究者が乗る船として、せめて手漕ぎのボートではなく、エンジン付きのクルーザーレベルに引き上げるためには必須の条件で、その実現により行動範囲が格段に広がり、組織として正常に動くことが出来ます。また、上に課題として挙げてもいない英文ジャーナルの件ですが、これはもはや課題のレベルではなく、現在瀕死の状態です。廃刊を覚悟し今の方針で最大限努力してみるか、上記の連携とも絡んで大刷新を図るか、どちらかと思います。
これら全ての底流に流れる方針として、会員がメリットを感じる学会を目指すというものです。「もっと会費を払いたい!」と思えるような学会になれば上記の問題は全て解決します。ただ、上記のことは、会員がメリットと感じて積極的に参画頂けなくては出来ないことでもあり、まさに卵と鶏の関係です。そこを、何とか組織としてするべきことを良く見極めることから、好循環に持って行く最初の一押しが出来ればいいのですが。そのために理事を中心に広く会員に有志を募り、幾つかのワーキングを立ち上げたく思っています。
ここで、理事と会員の皆さまにお願いがあります。私には、以前、大学の部局長をしていた経験から身につけた得意技があります。「丸投げ」です。今の大学で起こる多くのことを一人で出来るわけはなく、それぞれ適任者に丸投げします。丸投げはそれを受けとめる能力のある人を見極めるのがポイントです。理事に選出された皆さんは当然その能力をお持ちのはずですので、今回の理事会は比較的若い人が多いですが、頑張って勉強してもらい、少し負担かも知れませんが丸投げを受けて頂きたく期待しています。学会の改革?をするにはしがらみの無いフレッシュな良い布陣だと思っています。
最後に、会員の皆さまにお願いです。今述べてきましたように、好循環に回す駆動力は、理事会だけでは無理で、それを何とかするために、最初は嘘でも良いので、学会のメリットを感じた振りをして積極的に学会に係わって下さい。そうすれば、全体が良い方向に回り出し、本当にメリットを感じる学会となると思います。会員の皆さん全員で、社会的存在意義のある真に放射化学の進化に寄与する放射化学会を作りましょう。(2018.3.27)
(写真;中西友子会長とともに(新旧メンバーによる理事会後の懇親会(2018.3.3)にて))
会長に就任して(2014年9月 中西 友子)
この度、日本放射化学会の会長に就任いたしました。私は現在、大学の農学系の組織に属しておりますが、このことは放射化学の現状を物語る一面を表しているかもしれません。かつては理学系の放射化学の研究室で学んでおりましたが、その後、生命科学や医学等様々な分野を経て農学部で研究を行うようになりました。しかし、研究内容の面においては、所属とは無関係に、常に放射化学を基盤として共に歩んできたという自負があります。周囲を見回しますと、私と同様に、かつての放射化学関連の研究者の方々も様々な分野で活躍されており、必ずしも放射化学という看板の元にはおられない方がたくさん見受けられます。つまり放射化学は非常に広い分野への応用が可能であり、また、それらを支えることができる学問なのだと痛感しています。ただその応用性はさておき、根幹である「放射化学」という看板を掲げこの分野の人材を輩出する研究室が、日本にもうごく僅かしか残っていないことがひとつの大きな問題だと感じています。最近逝去された、米国カリフォルニア大学バークレー校の故H. Nitsche先生が、数年前、国際会議の昼食会で、全米の放射化学という名前のついた研究室の数について話されていました。先生のお話しでは、米国においてもその数はかなり減ってきてはいるものの、その減少は米国においては底を打ったということでした。
一方、日本では2011年3月11日の福島第一原発事故以来、日本中の人が放射線や放射性物質に関心を持ち、それらは何なのか、また影響はどうなのか等について熱い眼差しを注いでいます。このように、かつてないほど一般の人の放射線に関する関心が高い時に、学会としてどうそれを説明し発信していけるのか、それが放射化学討論会時代からの長い歴史を持つ放射化学者の集まりである日本放射化学会の一つの大きな役割だと感じています。
このような背景の元で、日本の放射化学の学問の中心を成す日本放射化学会を、将来に向けていかに活力のあるものにしていくのかが私の第一の課題だと考えています。そのためには、まず、学会の基盤の強化ならびに学会の更なる活性化が必要だと考えます。学会の基盤強化については、例えば他の関係する学会や会合とのコラボレーションが考えられます。放射化学という学問の重要性をもっと広く認知させていくためにも、関連するいろいろな分野の方々と、様々な機会を通して積極的に協力していくことが大切だと思います。例えば米国の放射化学関連の国際会議はかなり内容に関連性のある分野を入れ込み、放射化学との意見交換ができるようになってきています。原子力関連の例を挙げると、事故処理のみならず、溜まっている放射性廃棄物処理などについても放射化学の知識が不可欠です。
学会の活性化について考えられることの一つは、学会内における広報活動の充実化です。例えば会員一人一人との意見や情報のやりとりをもっと活発にしていくため、会員間の積極的なネット活用が考えられます。主催や共催をしているシンポジウムなどの会議の案内あなどは既に行われていますが、ネットを通じた研究内容に関する情報共有や互いの議論をもっと活発に行い、特に学術面での過去の知見、今後の展開、Q&Aなど、放射化学を学ぶ上での情報が日常的に議論できるようにしたらいいのではないでしょうか。そして研究を進める上での具体的な実験操作や測定方法、あるいはそれらの応用についても知識の共有化を図っていきたいものです。福島の事故についても、放射化学の面からの解析や意見についての発信がもっとあってもいいのではないかと思います。
これらはまだ考えの一端にすぎません。理事会の方々をはじめ、会員の皆様の考えを最大限反映していく中で、日本放射化学会の活性化をいろいろな面から図っていきたいと考えています。(2014/9)